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山田宏の[タイヤで語るバイクとレース]Vol.21「幻と消えたホームグランプリの3位」(WEBヤングマシン) - Yahoo!ニュース

裁定に納得できずも、実力は証明!

ブリヂストンがMotoGP(ロードレース世界選手権)でタイヤサプライヤーだった時代に総責任者を務め、2019年7月にブリヂストンを定年退職された山田宏さんが、かつてのタイヤ開発やレース業界について回想します。MotoGPクラス参戦2年目となった2003年、ブリヂストンはリオGPで最高峰クラス初表彰台登壇を果たし、その2週間後に地元大会を迎えました。 【関連写真×4枚】 TEXT:Toru TAMIYA

地の利を生かし、決勝を見据えたタイヤで予選2番手!

ブリヂストンにとってMotoGP(ロードレース世界選手権)最高峰クラス参戦2年目となった2003年、プラマック・ホンダの玉田誠選手とブリヂストンタイヤは、シーズンが終盤に近付いた第12戦リオGPで3位に入賞して、この年にひとつの目標としていた表彰台圏内でのゴールを達成。最高峰クラスでの初表彰台登壇という好成績を土産に、気合十分で日本に戻りました。 この年まで、日本GPが鈴鹿サーキット、パシフィックGPがツインリンクもてぎと、日本ではMotoGPが2戦開催されていて、第13戦はそのパシフィックGP。地元大会のアドバンテージやメリットについては前回紹介したとおりですが、加えてパシフィックGPの前には、ブリヂストンのロードレース世界選手権最高峰クラス参戦に向けた2001年の開発テストも担当してくれた伊藤真一選手をテストライダーに起用して、ツインリンクもてぎで事前テストも実施していました。 そして、この事前テストと過去の実績から、ツインリンクもてぎのコースはストップ&ゴーが多くてタイヤエッジ付近の負担が少ないため、センター付近は厳しいとはいえ、かなりソフトなコンパウンドが使えると判断。レースウィークには、他のサーキットで使用するよりもさらに柔らかいタイヤを持ち込みました。その後に言われるようになった“もてぎスペシャル”を初投入したわけです。 一方で、我々ブリヂストンにとって最大のライバルで、当時は絶対王者だったミシュランも、新しい取り組みを続けていました。我々のリサーチによると、ミシュランはこの年の第11戦ポルトガルGPあたりから、1周しか持たないけれど驚異的なグリップが得られる予選用スペシャルタイヤを導入。このタイヤを日本にも持ち込んでいたと思われます。そして、このタイヤを使用したであろうマックス・ビアッジ選手が、1分47秒696でポールポジションを獲得しました。

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July 10, 2020 at 03:58PM
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